二人の子を国立大医学部医学科と東京大学に合格させるまで | feel my force

二人めも

いちひめ

娘が2歳のお誕生日を迎える頃、息子を授かりました。

実はこの事実、ある人の言ったことを完全否定する最後の事実となりました。

    

まだ結婚前のことです。

気軽に行った占いで、こんなことを言われたのです。とても有名で、今もあるところ。

  • あなたは結婚できない
  • もし結婚できたとしても子どもは授からない
  • もし子どもを授かったとしても女の子のみ

ここまで絶望的なことを言われたら、あなたならどう思いますか?

 

一瞬不安にはなりましたよ。これでお祓いをしたら救われる、なんて言われてね。

今なら間に合うとか、このお祓いは効き目があるとか、過去からの因縁を絶たないと、とか、ありとあらゆる脅かし?を受け、これって時間制限ないの?というくらい長く(たぶん1時間以上)引き留められ、その結果開き直ってしまったんです。

当時そこまで結婚に固執していなかったし、それが自分の運命ならそれでいいか、という気持ちになってしまってね。

 

(でも怖いもの知らずっていうか、そんな怪しいところに長居するなんて、ワタシも相当 お人よし バカ。我が娘がやったら完全怒り爆発案件です。)

 

でもま、人間開き直ると「運命」も変えられるってことですかね。

 

あれから間もなく、結婚もしたし第一子も出産したし、そしてお腹に授かった第2子が男の子と知って、気持ち的にはあの時の占い師さんに

完全勝利

ですよ、これは。実際は勝ちも負けもないし、あの時私に3000円課金させた時点であっちの勝ちかもしれないし、結果的に「自分の道は自分が切り拓く」覚悟ができたとすれば、ワタシも損はしてないかも。

結論:占いをするのはおすすめしませんが、行くなら心配事のない時にしましょう

 

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二人めも切迫早産の危機

それはさておき、女の子の次は男の子!

今度は、上の子がいるのでゆっくり胎教をするヒマはありません。

上の子の時もそうだったのですが、5か月を過ぎてからは、ちょっと動くと子宮の収縮が起こるので何ごとも休み休みにしかできなくて結構辛かったです。

(病気知らずのワタシにこんな弱点があったなんて…ちゃんとお医者さんからの注意を守って過ごしていたのですけどね。しかも上の子の時と全く一緒)

収縮どめのお薬もずっと服用していました。

短期の入院もしました。

だから、娘にも事情を話して(わかってるかどうかは甚だ疑問でしたけど)、お出かけや外遊びは午前中。午後はママは横になります的な生活をずっと過ごしていました。

娘はもともとアウトドア派ではなかったので、外に出かけたいと言ってぐずるでもなし、お家で一緒に過ごしてくれたのが幸いでした。

夫が早く帰れた時は、夕方娘を連れだして社宅の敷地の中をお散歩してくれていました。自分で歩くのはあまり好きではなかったようだけど。

 

こんな事情だったので、子どもの能力は3歳までに決まる、と承知しつつ、彼女の2歳の1年間は、あまり精力的にいろんな働きかけをすることはできませんでした。

1歳から通っていた七田チャイルドアカデミーも、息子の出産に向けて夏前には卒業することに。

先生のお話によると、ここからフォトメモリの訓練をするところだったのに、ということですが、1年以上にわたりたくさんの遊びを教えてもらったので、まぁ、もういいかな。

娘の時に胎教からさんざん流したディズニーのビデオ。あの時はワタシが易しいのから順番にセットして流していましたが、今回は娘が自分で好きなビデオをセットして自由に見て歌っています。

また、一日中ワタシと娘が何かしら「おしゃべり」している、読み聞かせをしている、子守唄を歌っている…ので、もはやこれらが「胎教」。

 

いやー、一人目と二人目、胎教からして、全く違っております。 

わかっていたけど、ほんとに、そう。

生まれてからもどうしても娘の時間軸で生活せざるを得ないので、下の子はいつも連れまわされていました。

というお話はもう少し時間が進んでからあれこれしたいと思います。

 

それにしても、切迫早産、結構きつかったなぁ。

  

息子の成長の記録は、時計の逆回転で綴っています。 どうぞ にたろう もご覧ください。

 

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