あの、物議をかもした大学入学共通テストまであと1週間をきりました。
英語のリスニングが長くなって、読みが1回になったとか、読まれる英語が流ちょうな英語ばかりではなく、いかにも日本人がしゃべるような棒読み英語も混ざっているとか、、
数学の問題の出し方がさらに変わったとか、、
今年のことではありませんが、2024年にはプログラミングも出題されるとか、そのうちCBT形式(パソコンで一人一人が答える形式)になるかもしれないとか…
時代とともに変わっていきますけど、
問いの本質は同じですから、どうかがんばって!
受験生の皆さま、そして保護者の皆さま、家族全員で体調管理をなさって、万全の体調で臨めますように。
我が家は、
娘の大学入試センター試験一週間前に、
夫がインフルエンザにかかってしまって、相当に気を乱されてしまいました。
予防接種もしましたし、それなりに家族で予防したつもりだったんですけどね…
インフルエンザって、かかる時はかかるので仕方がないですが、
センター試験直前の娘は相当動揺していましたし、ワタシも、娘の受験のことだけを考えて動きたいのに、あーあ…
なんてこともありますので、
特にこの受験本番の時期は、ご家族全員が、安全に健康に、朗らかにお過ごしくださいね。
大学入試というのは、目指す以上は必ず通らないといけない、家族にとっての一大イベントです。
どうして我が子のタイミングで制度が変わるの?とか、
なんで今年に限って、とか、
我が子の本当の良さは、こんな一発の試験では測れない! とかとか、
保護者の方にもいろいろな思いがあることと思います。
ワタシも当時思ってました…
でもね、そういう思いを持ちつつも、
この道を避けることなく、ど真ん中を歩いてください。
あの時は大変だったけどよく頑張ったよね!と言える春を迎えるには、どうしても通らないといけない道なので。
ど真ん中を通って、緊張したり、焦ったり、がっかりしたり…、それでも自分を励ます、お子さまを励ますの経験をがっつりやってください。
ど真ん中を通る覚悟さえできていれば、絶対通り抜けられますから。
と、自分にも言い、子どもたちにも言ってきました。
何があっても、時代が変わっても
さて、本当に驚くべきことですが、大学受験までの子育て情報、学習方法は世の中にたくさんあるのに、
その先の情報はとても少ないです。
みなさん、どうしていらっしゃるのかしら…
もう大学生だから親の出る幕ではない…〇です
もうそろそろ一人で歩いてもらいたい…〇です
ただですね…、大学に入ってとまどっている若者は多いと思います。
親からお金をもらいつつ、アルバイトもしつつ、自由にしていい人生が急にきちゃったら、
しかも、もともと勉強がたいして好きじゃなかったとしたら、
大学の勉強はメインにはなりませんよね…
あるいは、自分なりに頑張って大学進学したのに、進学した大学には人生イージーモードで上がってきた人が多くて、やる気を一気に削がれたとか…
自分って何がやりたいんだろう、本当はどうしたかったんだろう、これからどうすればいいんだろう
という思いでいっぱいになる大学生の方もいると思います。
それでも、
ワタシたち親の世代は、なんとかなっていました。
日本という国がそれなりに外貨を稼いでいましたし、会社に育ててもらいつつ仕事さえ続ければ、なんとか。
でも、どうも子どもたちの世代はそれではダメみたいです。
最近の東京大学の文系を卒業した人たちは、アクセンチュアやマッキンゼー・アンド・カンパニーのような外資系コンサルティング会社に多く就職します。
でも、転職率も高いです。
採用する側からすれば、とりあえず一定のレベル以上の人は採用、合わなければ退職してもらってよい、お給料はいいので仕事が合っていて優秀な人は残る、新陳代謝多めで結構、というスタンス。
これはつまり、
自分の才能をきちんと生かせているか、あるいは、生かせる仕事についた人が残っていく
ということです。
言い換えると、いかに自分が即戦力の人材であるかをアピールし、実際に即戦力になるかどうかがカギなので、
もう、だれかが自分を育ててくれる、という時代ではなくなっているということ。
実は、転職については東大卒の方に限らずでして、娘の周囲を見渡すと、大卒後1年でもう転職しているお友達もいらっしゃいます。もちろんそれは本人がよく考えて出した結論でしょうから、大学がどこだから、とか、学部が、成績が、とか、そんなことを言うつもりはありません。
でもやはり、やりたいことを職業にしている人は自信をもって働いていますし、その人が、そこそこの(ってどの辺を指すのがワタシもわからず書いてしまっていますが)大学以上を出ていると、有利なのが現実みたいです。
まさに、個性を武器にして生きていく時代。
ちなみに医学部などの国家資格をとることが目標になる学部は、卒業して国家試験をパスするための生活を大学生時代を過ごすので、ちょっと違います。
それを逆算してみましょう。
高校3年間は、大学受験に時間を費やすとすると、
個性を重点的に育むことができるのは、中学生までの15年間と、大学時代です。
さらに分けると、大学時代は本人が主体となって自分と向き合いますから、
親が積極的に関われるのは、生まれてからたったの15年間。
(中高一貫校の方は、小学校の最後の約2年も削られます)
その時間の3分の1は睡眠、また、3分の1は学校、家にいる3分の1のうち、食事や学校の勉強などに6分の1程度はとられますから、
お子さんにとって、ご両親と関われるのは、せいぜい残りの6分の1、つまり、2.5年分程度になってしまいます。
今は、お父様もお母さまも働いていらっしゃるお宅が多いので、全員が家に揃って家族で関わりを持つことは時間的にも物理的にも大変難しいことはわかるのですが、、、
それでもやはり、せっかく親になっているので、
がんばって親業もなさってください。
コロナ禍で、いろんな常識が一気に変わりました。
でも、よく考えたらワタシたちの親や祖父母の世代は、戦争による大きな常識の変化を体験しました。
学校で、家で、憲法で、身体に沁みつくまで教えられたことがひっくり返されたわけですから、当時は戸惑いも混乱も多かったことでしょう。
でも、乗り越えています。
私たちも、自分を大切にしつつ、変化に柔軟に対応して乗り越えたいですね。
我が家の場合
我が家が一番大切にしたのは、家族で仲良くすることです。
家族で仲良くというのは、ワタシ的には、子ども中心の家にするということでした。
ワタシは、極力子どもとの距離感を近めに、
食事はなるべく家族全員でとるように、
家族旅行は、豪華じゃなくていいので、子どもの記憶に残るように。
子どもとの距離感は、専業主婦でしたので常に近めでした。顔つきや空気・返事の仕方で、子どもの状態を量っていました。
食事を全員で、は、これがなかなか難しくてですね、夫の帰りが普通に夜の八時を過ぎるので、子どもたちにはちょっとかわいそうだったのですが、、、夫がどうしてもみんなと食べたい、食べるべき、と強く主張したので、子どもを待たせました。
結局学校から帰宅後に何か食べる生活をしていました…本当は間食なしの六時には食べさせたかったんですけどね…
家族旅行に関しては、ワタシ自身が家族旅行を最後にしたのが小学校低学年の時でして、それちょっと寂しいじゃん、ということから、子どもたちが中学生・高校生になってからはなるべく1年に一度は、近場の、お金のかからないところでいいので、旅行に行くようにしていました。
家族旅行は、大きくなってからの方が覚えてくれているので、おすすめです。
クリスマスのプレゼント交換会もそうですし、夜中まで人生ゲームや大富豪をしたことも。
2人が大学に入ってからは、アプリの麻雀とかCATANもやります。どれもおすすめです。
だれが一番大人げないか、よ~くわかります。
その結果、個性を育む はどうなったかといいますと…
これといったものは見つけてあげられませんでした。
え?はすちゃん、ここまで、個性個性って、書いてきたのに?
そうなんです、個性とか、やりたいことって、そう簡単に見つけられるものじゃないんですよね…
自分も含めていろんな人の話を総合すると
30歳を過ぎると、何かしらの進むべき道が見えてくるみたいです。
ですからそれまでは、
いつか、やりたいことが見つかったときに、自分が無力でないように、その選択肢を自分の能力の足りなさで諦めることにならないように、
勉強や課題をきちんとさせることで、そこそこの成功体験をさせる
という働きかけをしました。
これによって、どんな大人になったかといいますと、
- 挨拶ができる
- 事務処理がとても速くて正確
- 想定して行動、なんやかんやいっても投げ出さないでやりとげる
- やると決めたら、努力を惜しまない
コミュ力も、プレゼン力も、知らないうちに普通についています。空気も読むし、自分の意見を結構きちんと論理的に言うし…
(バカ親炸裂ごめんなさい)
ということで最近は、すごいね、天才じゃん!とおだて、
これらを駆使しつつ、本当にやりたいことを見つけなさい・考えなさいを、連発しています。
親に言われると、子どもって考えるものです。考えて出したアイディアを家族で話し、新しい方向性が生まれたらラッキー。
こちらとしても、褒めるのは叱ることの何倍も楽ですし、相手も成人しているので、そんなに責任もなく無防備に褒めてあげられるのでいいですねぇ。
無防備に褒める時代なんて、赤ちゃん時代以来ですよ。こんな時代がまた来るなんて思ってなかったな。
などとたかをくくっていたら、なんと先日、息子にこんなことを言われてしまいました。
「お母さん、これからの30年、どうやって過ごしていくつもりなの?何か、これが自分だっていうものを作っていく必要性は感じないの?」
まるで親?
まぁ、その通りですけどね、まさか息子に言われるとは…
子どもたちが赤ちゃんの時代と今とでは、圧倒的に親子の立ち位置が変わっていることを忘れていました。
時代が変化しても通用するって、大変なことですよね。耳が痛い…
でも、変化に合わせ、ワタシもマジで何か考えないと、って思う今日この頃です。
娘の成長の記録は、時計通りに綴っています。どうぞ いちひめ もご覧ください。
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