終わりなきイライラ | feel my force

終わりなきイライラ

いちひめ

若い人が事件を起こすと、必ず背景や育った環境について世間様がマクロ的にいろいろなことを言うわけですが、、、結局個々の問題として片づけるしかなくて、いつも尻切れトンボになってしまいます。

でも、どんなに周囲が議論しても、親と子の問題は、その親とその子の問題ですし、

どのご家庭でも大なり小なり問題は起きますし、

それを他人に解決してもらうことはできません。

問題を親子で上手く超えて、家族として成長していくと決めて進まないと、明るい未来は待っていないように感じます。

   

娘が小学校後半のとき、

基本的には上手くいっていたけれど、でも最高でもない毎日のなかで

恥ずかしながら

ワタクシは終わりなきイライラに囲まれる日々を過ごしていました。

 

ここからさかのぼること3~4年前、息子が幼稚園に通っている頃(=娘は小学校前半)は、ワタクシの母親としての時間の多くが息子の躾に費やされていまして、

それはそれでよく怒ってはいたのですが、

これは躾として必要だ、という冷静さはもっていました(こちら)。

 

でも、この頃はそれとは違います。

別に娘がダメダメだったというわけではなく、どちらかというとワタクシ自身の至らなさでイライラしていたからです。

 

今、冷静に振り返ると、ワタシが親の役割をきちんと果たせていなかったのが一番の原因だと思います。

この頃の家族の役割って、子どもの成長に伴ってどんどん変わっていくんですけど、

なかなか対応できてなかったなぁ。

 

子育て専業ママとしての何回目かの正念場でした。

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子の役割

よく、子どもが生まれることは、親の成長のためでもあると言われますよね。

実際そうです。すごく成長させてもらっています。

それはつまり、子どもの役割として、親の前で子どもらしく自由にしていいし勝手にしていいし、困らせてもいいということです。

それを全部受け止めて子どもを育てるのが親の役割なので。

 

我が家の場合、第一子である娘は、何色にも染まっていないような状態で生まれてきた(と感じた)ので、

一つ一つをどのように教えれば伝わるのか、どんな刺激を与えれば的確な成長を促せるのかをいろいろ試す子育てでした。 

一方、第二子である息子は、近くにお手本がいるからなのか、もともと持っていたのか、見よう見まねで自分で習得していくような子で、

正直、上の子をきちんと育てれば下の子はたぶん見習うだろうという感触で二人を育てることができまして、

二人とも、子どもとして、十分に役割を果たしてくれていました。

親の役割

親の役割は、我が子を社会に出しても迷惑にならない人間、社会で役に立つ人間を育てて送り出すことなわけですが、、、

素晴らしいお手本があるわけではなく…

ワタシ自身が、結婚して親になるまでは、「親の敷いた道を」「深く考えず」「目先のことに心をよく動かされる」人生を過ごしてしまっていましたので…   

親になったからといって崇高な子育てポリシーなんかあるわけないですよね。

そこに生まれてきたのが、真っ白な娘でした。

この子は、育て方で変わる。

これは責任重大だ

ということで、そこからは、娘の成長を追いかけながら先回りをして前を照らすような子育てをしてきたわけです。ワタシの育ち方も参考にして、

考える・試す・楽しむ・考える・試す・心配する

の繰り返し。

これをきちんと遂行するのが親の役割だと思っていましたし、

ありがたいことに、それでも子どもたちはワタシの試みについてきてくれていましたし、親としてワタシ自身もそれなりに成長できていると思っていました。

そこが落とし穴

 

それなのにですね、

ワタクシ、欲張ってしまったんです。

大きくなったんだから、と、今までなら子どもたちに期待していなかったことを期待して、

その期待に沿ってくれないことにイライラしていたんです。

当然その期待の多くは、先に育つ上の子の方に向いています。

全然ダメよね。

圧倒的に子どもの方が我慢強い

子どもって、基本的な欲求を満たされないと泣いてアピールしてきますが、

それ以外のストレスに対してはかなり強いと思いませんか?強いというより、強制的にのみこんでいるのかもしれません。相手が親だから。 

大人より鈍感力が強い部分も多々ありますし、親に忖度して黙って聞いていてくれていたのかな。

 

ワタシもそれを肌で感じていて、ある程度までは子にイライラをぶつけても大丈夫とすら思っていました。

イライラする理由は、別に子どもがかわいくないからじゃないんです。むしろ世界一好きだし、かわいいし、大切な存在なんです。

「あなたのためよ」。

これやばいやつです

 

娘はほんとに、ワタシの話をだまーーーってきいていましたし、ときどき泣いていました。

息子は、ボクは関係な~いとばかりに、さっさと自分の部屋へ避難してそのうち寝てしまっていました。

 

ただワタシがイライラしていただけ

娘は単に、ワタシの醜いイライラ顔を見させられていただけ。

   

でした。

大人なら人様のイライラをぶつけられようものなら、それだけでイラっとするのに、娘は最後まで聞いてくれていました。

と、今だから言えます

恥ずかしい

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

これって完全に、子は自分の役割以上のことを果たしているのに、親は役割を果たせていませんよね

イライラは自分で乗り越えるしかない

まだ気がつかないワタシ。

イライラしているときは、

原因は子ども・子どもが親の思った通りにすればイライラが収まるのに…と、

つまり、超他人のせいにするモードになっていました。

それもダメダメ

 

そんなときに仲良くさせていただいていたママ友がいまして…

神様はこんな風に助けの手を伸ばしてくださるんですね

”最近こんなことでイラっとして我が子に当たってしまった”話を、お互いに披露しあって、

お互い、相手の子どものことを「え?なんで?そんなことでイライラするの?あんなにいい子じゃん」と褒めあい、

最後は

「ワタシたち、どう考えても子どもに甘えてるよね。何を言っても子どもは吸収してくれるからそこに甘えて言いたい放題になっているところがあるよね」

「子どもの方が何枚も上だよね、実はありがたい存在だよね」

という、おめでたい展開で結論づけて毎回の話が終わるという時期がありました。

 

終わらないイライラのガス抜きを、こんな形でさせてもらえたことで、トンネルを抜けられたような気がします。

イライラ時代を強制終了させる

ネガティブな思いは、新たなネガティブを呼びますし、

それを自分以外の人のせいにしていたら、決して抜けられないように思います。

親は、子より先に生まれたから偉いわけではないし、

子の方がずっと賢い部分も持っていました。

 

そういうことを後回しにして、自分の未熟さだけが際立っていた時代でした。

 

それを、上で登場したママ友のおかげではっきり気づかせてもらいました。

 

気づかせてもらった以上、

誰かが変わるのではなく、ワタシ自身が変わるしかありません。

ちょっとずつちょっとずつ、子どもとの距離を長くしてみたり、自分だけの時間を強制的に作ってみたりするなどして自分改造をやりまして、   

どうにかこうにかワタシの「終わらないワタシのイライラ時代」は終わりました。

やれやれ、大変お騒がせしました

”終わりなきイライラ”が終わった後に

最後に、このイライラ時代終了後にどんな未来が待っていたかについて、

ワタクシ編といちひめ編として簡単に触れさせていただきます。

ワタクシ編

ワタクシの場合は、このときからさらに4~5年後、両親の死に伴い、姉夫婦からのイライラを一気にぶつけられるという人生最大の危機を迎えました。(詳しくは こちら をご覧ください)

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、じゃないですけど、袈裟レベルのワタシにひどく当たられてしまいまして、まさに、過去の裏返し…

イライラをぶつけてくる姉夫婦は、全ては他人が悪くテンプレどおりて自分は正しいと思っていましたし、鬼?っていうくらい怖い顔をしていましたし、発する言葉も敢えてワタシを喧嘩の土俵に引っ張り出そうとするようなものばかりでした。

大げさじゃないですよ

ワタクシ、最初は冷静に対応していたつもりですが、どんどん過激な発言になっていったので、途中で怖くなってしまいまして、対応を極力避け、逃げることにしました。

相手の言い分を受け入れつつ逃げていたら、追いかけてこなくなりました。

勝ち負けでいえば、言われっぱなしやられっぱなしですので、表向きには完敗です。

でもいいんです、それで。その代わり追いかけまわされずにすみました。

   

そしてこれだけは言えます。イライラ顔は本当に醜いので、やめましょうね。

いちひめ編

娘は大学1年生の頃、自分のことを「仕事はきっちりやるけれど、コミュニケーション的にはちょっと八方美人なところがある」と考えているようでした。

事を荒立てない、争いを好まない、それもそれまでの彼女の生きる方法だったのだと思います。

 

それが、学年が上がるにつれてサークルなどで責任ある役を任されるようになってからは、

「大義名分に沿った軸をもって物事の判断をし、自分の言葉で正しく伝えられるようになってきた。議論をすることは迎合することより重要。」

と言うようになりました。

あ、いい感じに成長してる!

 

ワタシの未熟さにもかかわらず、娘がこのように育ってくれたことには感謝しかありません。

ありがとうね。

 

これ、良くないよな、と思うなら、軌道修正のサインです。たいていその感覚は正しいです。ぜひ、それを誰かに言ってみてください。

しゃべることで、どう軌道修正したらよいか見えてきますから。

  

冒頭の

基本的には上手くいっていたけれど、でも最高でもない毎日

なんて、今振り返るとそれが最高の状態でした。

イライラするポイントなんて全くないのに、わざわざイライラポイントを探して見つけて、イライラしているだけでした。

こう考えられるようになったことも、成長できた、と思おう。

 

ちなみに、イライラしているとき食べちゃいけない食べ物は、南国のフルーツだそう。ますます熱くなっちゃうから。

逆に食べるといいのは日本の旬の野菜だそうです。

特に夏なら瓜系、冬は白菜やお大根だそう。

冷静にいきましょ。

 

今回もお読みくださりありがとうございました。

 

息子の成長の記録は時計の逆回転で綴っています。どうぞ にたろう もご覧ください。

 

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